【コラボ書評】あちら側とこちら側を行き来する小説『水に似た感情』【中島らも】

中島らも『水に似た感情』 書評

毎月連載しているコラボ書評。今回で12回目!ということで一年を迎えることができました。今回取り上げるのは中島らもさんの『水に似た感情』です。

オトコとオンナの本の読み方

ブログ「坂本、脱藩中。」のさかもとみきさんと毎月コラボしている書評も今回で12回目。

なんと1年も続いたということで、本当に嬉しいです。

毎月交代で本を選んで記事を書くという形がすごく気に入っていて、本を選ぶのも楽しみだし、さかもとさんがどういう書評を書くかというのも毎月の楽しみです。

このコラボ書評が自分の守備範囲外の本を選ぶ機会になっていると同時に「本」というのはすごく奥が深いということに気づく機会にもなっています。

前回の書評

では、今回も始めましょう。

今回取り上げる本は

今回取り上げるのは『水に似た感情』という本です。

本作の著者は中島らも。

中島らもの小説を読むのは久しぶりです。

あらすじはこちら。

人気作家・モンクは友人のミュージシャンたちとテレビの取材でバリ島を訪れる。撮影はスタートするが、モンク自身の躁鬱と、スタッフの不手際や不協和音に悩むが、呪術師を取材し超常現象を体験した後、モンクも落ち着きスタッフもまとまる。帰国したモンクは親しい友人たちを誘い再びバリを訪れるのだが。リアルに迫りくる幻想体験を通じ、なぜか読むほどに心安らぐ小説。

本作の主人公は文九三郎(通称:モンク)。

脚本を書いたり、小説を書いたり、テレビの仕事をして生計を立てています。

中島らもだと名作『ガタラの豚』を読んだことがあります。これは本当にエンタメに振り切った心底面白い小説です。

ノンストップで巻を措く能わずという至高の読書体験を楽しむことができる本です。

この作品は全然違います。

面白くないのでしょうか?いや、違います。反対に面白い。

ただ 「面白さのベクトル」が違うのです。

『水に似た感情』を読んでの感想

この本を読んで感じたのは不思議な読み味の小説、ということ。

著者が意識したかまではわかりませんが、雰囲気を味わう作品だと思います。

要所要所にギャグというか、そういうノリのやり取りがあり、クスッとさせてくれるところもありつつ、神秘的な体験があったり、ごった煮とはまた違うが、すべてをありのまま書いたような印象です。

中島らも自身はあとがきでこの小説はノンフィクションだと書いていますが、実体験を元にしているからか、小説ながらドキュメンタリーを見ているように感じました。

モンクらテレビクルーが撮影のためにバリ島に行き、トラブルに遭遇しながらも撮影を行う。そして帰国後、躁病を発病したモンクが再びバリ島を訪れる。というのがこの物語の大筋です。

読んでいただければわかりますが、物語のはじめから最後のページまで理路整然と構築されたエンタメ作品とは違います。

躁病の意識の許(もと)に書かれている。

そう著者が書くように冷静な筆致で完璧に構築された作品ではありません。

トリップ感があるタイプの作品を「素面」で、冷静に書くことができる作家もいるかもしれませんが、中島らもはノンフィクションを綴るタイプの作家です。

フィクションを描いていても、ノンフィクションになってしまう。そういう感じです。

前述の通り、モンクは物語の途中から躁転して、一転元気になってしまう。それはもう、元気になりすぎるくらいに。

モンクは起き抜けに強いウィスキーを飲み、その後も飲みながら原稿を書き続ける方法で10年間も本を書き続けてきました。

体に悪そうなことはみんなやっているという感じです。

もともとうつ病を患っていたが、そういった無理な生活がたたったのでしょう。

この作品は中島らものノンフィクションだ

この本のテーマとしてあとがきに書かれているのは

  • 人間はなぜ「個」に分断されているのか。

ということがひとつのテーマとして挙げられています。

前半と後半のモンクはまるで別人です。物語自体の感覚、スピード感もここでまったく変わってしまいます。

後半のモンクは穏やかでです。

それは作者の中島らも自身が双極性障害の症状で、躁転していたときと、うつ状態になっていた状況がダイレクトに反映されているからです。

つまり二人の人間が書いているのだ。そういう事情によって、この本はふたつに分裂している。

著者自身が分裂していると語るようにこの本は「小説の体をなしていない」と評価されたこともあるらしいです。

言ってみれば、モンク=中島らも、であるので、この本を読むことで読者は中島らもの脳内をのぞき見るような体験をすることになります。

人間の脳内なので、それはもう、一筋縄ではいかないわけです。

しかし、ここにはその感覚が包み隠さず投影されています。

インドネシアバリ島

photo credit: Collin Key street art via photopin(license)

躁うつ病とは

ぼく自身もわからなかったので調べてみたので最後にメモ的に書いておきたい。

躁うつ病(現在の名称は双極性障害)は、うつ病に比べるとよく知られていないと思う。

ごく簡単に書くと、気分の異常な高揚が続く躁状態と、抑うつのうつ状態を繰り返す病気のことだ。

躁状態の時には何時間も話し続けたり、眠らずに活動を続けたりもします。

作中でのモンクの異常な行動も躁状態によるものであり、仕事部屋を訪問した事務所スタッフによって病院に連れて行かれ、即座に入院の措置が取られます。

モンクはアルコールを断つこと、薬を飲むことによって次第に落ち着きを取り戻していきます。

中島らも自身も双極性障害やアルコール依存症も患っていました。

精神面の調子を崩す人は真面目で、責任感の強い人、優しい人と言われることもあるが、中島らもも根はそうだったんだろうな、と思います。

もちろん、すべての作品を読んだわけではないんですが、自身の経験をもとにした「ノンフィクション」をたくさん書いています。

モノクロの青年躁うつ病

photo credit: Daniele Films La Phobie Sociale via photopin(license)

あとがき

ぼくも含めて心に痛みを抱えている人は多いだろうと思います。

そんなとき、きっと中島らもが寄り添ってくれる。

著者は否定も肯定もしないけれど、そのままこの場所にいていいんだ、と言ってくれるような気がします。

作者自身、「分裂している」と書いてある小説ですが、あなた自身の心の持ちようによって「救い 」ともなりえる1冊です。

ふと、疲れたとき、ゆっくりと時間を取って、モンクたちとバリに出かけるのもいいだろうと思います。

健康で幸せに暮らせるならそれが1番いい。調子を崩したとき挫折したとき、人はどうすればいいのだろうか。ふとそんな感覚に陥りました。

さかもとさんの書評

さかもとみきさんの書評はこちらから。

さかもとさんは男が壊れる話と書いてますが、まさに!っていう感じです。

今回紹介した本