「好き」になるには「ゆっくり」というパターンもある:自分の中の経験値をためる

コップに水をためる 考えたこと

今日ふと思いついたことで、なにかを「好き」になるにはコップから水があふれるようなパターンもあるのではないかということがあります。

なにかを「好き」になるには「ゆっくり」というパターンもある

今日、ふと思い浮かんだこと。

人にはもの(人も)を好きになる「閾値(いきち)」、r臨界点」みたいなものがあって、その地点を越えるとそのことを「大好き」になってしまうという。

上のツイートでも書いていますが、いまでは大好きなブルースも聴き始めた当初はなかなかなじめないものでした。

それもそのはず、ストーンズやZeppelinの影響でいきなりロバート・ジョンソンなどから入ったのですから。当然楽しめるはずもなく、でもせっかくのおこづかいで買ったので何度も聴いたり、聴きやすいものからアプローチしているうちに大好きになっていったのです。

もしかしたら、「人」もそうなのかもしれないし、「映画」そうなのかもしれない。

ブログを毎日書いているのもそういうことなのかもしれません。

いまでは毎日書いているブログも、ここまで続くとは思っていなかったのです。

まとめ

今回の記事とは別にいきなり一目惚れのように「好き」になるものもあって、我ながらなかなか興味深いところだと思います。

科学的裏付けなどはないものの、そのときの自分の経験値、置かれている状況なども関係しているのではないかと。

このブログにはそういうことも書き留めていきたいですね。

photo credit: Mizrak Turkish tea time! via photopin (license)