現代でも広く慕われる歴史上の人物がいるのはなぜなのか

考えたこと

歴史上の人物がどのように慕われるようになったのか気になります。

実際の歴史と現代での人気の差

福山城天守閣の駅から見た様子

歴史の本をいろいろ読んでいると、その地域を長く治めた領主が必ずしも人気がなく、特定の人に人気が集まっている例があると思います。

たとえば広島県は江戸時代に入り、いまでいう県全体(安芸と備後)を福島正則が治め、改易されたあとは安芸と備後半国は浅野長晟、備後南部は水野勝成に与えられました。

(それ以前は毛利元就で有名な毛利氏)

勝手なイメージですが広島ではどうも浅野氏が戦国時代の毛利氏に比べると人気がなく、福山では松平氏、阿部氏の人気は水野氏(勝成)ほどではありません。

これは時代は前後しますが、熊本藩でいう加藤清正と細川氏の関係に似ているのかもしれません。

広島県にとって毛利氏は自分の県から出た大名で中国地方を制覇し、中央でも重きをなした存在。

それに比べて浅野氏はあくまで幕府の命令で移ってきた藩主なのかも?

(いまでも「元就。」というローカル番組があります)

福山でいうと現在の福山城および街の基礎を築いたのは勝成です。

いまでも市では「勝成公」と慕われています。

また福山にとって阿部氏は阿部正弘という偉大な藩主がいますが歴代の藩主が幕府の要職をつとめていたがゆえにほとんど領地に戻ることがないという関係でした。

(阿部正弘も生涯で福山に入ったのは1回だけ)

最近では観光のPRのために歴史が利用されることもあり、こういう傾向に拍車をかけているのかもしれません。

まとめ

福山市では2022年が福山城築城から400年とされていて城の整備も進められるなど官民一体となって盛り上げようと努力しています。

どういう理由で歴史上の人物が現代の人に「慕われる」というレベルで知られるのかというのはなかなか興味深いと思います。

「藩」の範囲が「意識」の範囲説。 | つぶログ書店