天下人の築いた巨城の歴史『豊臣秀吉と大坂城』

豊臣秀吉と大坂城 hideyosi 書評

跡部信さん著『豊臣秀吉と大坂城』を読みました。

豊臣秀吉の城と言えば…

豊臣秀吉の城と言えば、何といっても大坂城が有名ではないでしょうか。

天下人の城にふさわしい大坂城は、秀吉が生涯にわたって手を入れ続けた城でもあります。

大坂城は、大坂の陣の後破壊され、江戸幕府によって新たに築き直されました。

そのため、豊臣時代の大坂城についてはよくわかっていないことも多いのです。

本書では第三章が「秀吉の大坂城のあるく」と題して、地図や図、写真を交えて紹介してあります。

大坂城はすごく巨大な城だったので、この本を片手に痕跡が残っている地を巡ってみるのも楽しいでしょう。

秀吉の生涯と大坂城を築く経緯も取り上げられているので、入門書としてもいいと思います。

天下人の城

秀吉が大坂城を築き始めたのは、賤ヶ岳の戦いに勝利したあとからです。

ここに城が築かれたのは、地の利や経済、石山本願寺の地として発展していたこともあるでしょう。

先ほども書いたように秀吉は大坂城に手を入れ続けました。

それは、聚楽第や伏見城を築いても変わりませんでした。

秀頼はなぜ大坂城に入ったのか

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秀吉が関白になってからは、京都の政庁として聚楽第、そして隠居城として伏見城が築かれました。

これまで不思議だったのは、秀吉が亡くなる際に秀頼が大坂城に入ることが遺言されていることです。

前田利家が傅役として大坂城で秀頼を後見し、家康が伏見城で政務を見るという体勢が構想されました。

ぼくは、経済・軍事的な要衝として大坂城は残すとして、伏見城を中心にすればいいのではないかと思っていました。

この本によると、秀頼が関白に就任した暁には「最強の城」大坂城を秀頼の居城として、伏見城を「都の城」として運用していくつもりだったのではないかと述べています。

しかし、この構想は実現せず、大坂城は豊臣家最期の地となってしまいました。

まとめ

大坂城は堅城のイメージですが、前身の石山本願寺から、豊臣、徳川と落城を経験した悲劇の城でもあります。

昨年(2019年)に久しぶりに大阪城に行きましたが、すごく魅力のある城だと改めて感じました。

ずっと興味を持っている豊臣政権と合わせて、大坂城についても勉強していきたいです。

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