文化の日に福山城伏見櫓と筋鉄御門が公開されたので行ってきました!【2018】

福山城伏見櫓 地域情報

11月3日の文化の日に例年福山城の伏見櫓と筋鉄御門が限定公開されます。

今年も公開されたので見学に行ってきました。

この日駅前ではイベントが開催されていて盛り上がっていました。

文化の日に福山城に行ってきた!

11月3日の文化の日には各地でいろいろなイベントが開催されましたね。

福山市でもたくさんのイベントが開催されていました。

福山城から見た福山駅

ぼくはたまたま仕事が休みだったこともあり、文化の日だけ公開される福山城筋鉄御門と伏見櫓を見に行ってきました。

国重要文化財 福山城伏見櫓・筋鉄御門公開について – 福山市ホームページ

福山城は新幹線からお城が見える城としても知られています。

昔の城の域内に線路が敷かれているので駅からすぐお城にいくことができます。

筋鉄御門

筋鉄御門遠景

駅北口からお城に向かい最初に目にするのがこの筋鉄御門。

筋鉄御門前方

筋鉄御門は福山城本丸の正門で、元和8年(1622)に徳川幕府によって再建され、廃城となった伏見城から移築されたものだといわれています。

この筋鉄御門は市指定の重要文化財になっています。

伏見櫓筋鉄御門公開

ぼくは昼過ぎにお城に着いたのですが、筋鉄御門の内部を見学するためには整理券が必要で、その整理券は朝の時点でなくなってしまったとのこと。

ボランティアの方にお聞きしたところ、筋鉄御門は伏見櫓にくらべて床板が薄く、入り口も狭いため人数制限をしているそうです。

残念ですが、仕方ありません。

伏見櫓

続いて気を取り直して伏見櫓を見に行きました。

伏見櫓

この伏見櫓も伏見城から移築されたものです。

伏見櫓はあとで書く梁の部分に伏見城の建物である陰刻があるので、もともと伏見城から移ってきたことは確実です。

伏見城は豊臣秀吉が築いた城ですが、関ヶ原の戦いの際徳川方(東軍)が籠城し落城しました。

そして戦後徳川氏によって再建され、政権の重要な拠点になっていましたが、役割を終え廃城になりました。

廃城になった伏見城の遺構の一部が将軍徳川秀忠によって、福山城を築く福山藩主水野勝成に与えられたというわけです。

伏見櫓公開

伏見櫓は整理券なしで見学することが可能でした。

30分ごとにボランティアの方によるガイドがありました。ぼくはちょうど合間の時間だったので1人で見学しました。

伏見櫓内の階段

内部は当時のそのままなので階段はとても急になっています。

見学するには不便ですが、当時の雰囲気が感じられてロマンがあります。

伏見櫓の内部

櫓の内部は結構広い構造になっています。柱がたくさんあります。

松ノ丸やぐら伏見城

この天井の梁の白くなっている部分に「松ノ丸ノ東やぐら」と刻印があり、これが伝承だった伏見城からの移築を根拠付けることになりました。

伏見櫓は慶長期の建築様式を残す貴重な遺構ということです。

伏見櫓の天井

天井の構造もまさに質実剛健という感じで、江戸時代初期の雰囲気を感じることができます。

この場所に水野勝成や歴代の藩主がいたかと思うと、歴史の流れを感じることができますね。

伏見櫓から見た筋鉄御門

伏見櫓から筋鉄御門や本丸の方を見たらこういう風に見ることができます。

年に1回しか見ることができないので、結構貴重な眺めかもしれません。

阿部正弘像

城内には幕末期に老中首座を務めた福山藩主阿部正弘像もあります。

まとめ

筋鉄御門を見学することができなかったのは残念ですが、伏見櫓の内部は見学できたの楽しかったです。

やっぱり江戸時代の建物は現代風の構造になっていないので、歴史の流れを感じるには最高ですね。

福山城は2022年に築城400年を迎えるのでこれからいろいろイベントも企画されているみたいです。

楽しみに、機会があったらブログに書いていきたいですね。

史跡福山城跡保存活用計画について:城を愛し、福山が好きだから思うこと