風に抗い、このすばらしさがずっと続きますように。:森絵都『風に舞いあがるビニールシート』

風に舞いあがるビニールシート 書評

ブログ坂本、脱藩中さかもとみきさんと毎月連載しているコラボ書評。今回で11回目です。

毎月連載のコラボ書評!

ブログ坂本、脱藩中さかもとみきさんと毎月同じ本を読み合って書評を書く、コラボ書評。

今回で11回目です!

前回はトム・ジョーンズ著、舞城王太郎訳の『コールド・スナップ』を取り上げました。

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弱さを抱えながら生きていく大人たちのキラキラしない人生「コールド・スナップ」トム・ジョーンズ(訳:舞上王太郎) | 坂本、脱藩中。

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今回読みあった本は

今回は森絵都さんの『風に舞いあがるビニールシート』を取り上げます。

『DIVE!』などの作品で知られる森絵都さん。本作で直木賞を受賞しています。

今回の本を選んだのは私ですが、YouTuberのないとーさんの動画で取り上げられていてずっと読んでみたかったからです。

読んでみたところ、期待以上の面白さでした。それでは見ていきましょう。

内容

この本は短編集です。

  • 器を探して
  • 犬の散歩
  • 守護神
  • 鐘の音
  • ジェネレーションX
  • 風に舞いあがるビニールシート

6作品が収録されています。どの日常を切り取ったような、心が温かくなる作品です。

驚くのはこの本の短編に登場する主人公の職業はすべて異なっています。

「器を探して」は人気パティシエの秘書(助手)、「犬の散歩」は犬の保護ボランティアをするためにスナックで働く女性、「守護神」はアルバイトをしながら大学に通う学生(フリーター)、「鐘の音」は仏像の修復師、「ジェネレーションX」ではサラリーマン、表題作「風に舞いあがるビニールシート」は東京で働く国連職員という感じ。

読み始める前は勝手なイメージで短編の主人公は全員女性かと思っていたら、男性が主役の作品もありました。

「器を探して」、「犬の散歩」、「風に舞いあがるビニールシート」は女性が主人公。

「守護神」、「鐘の音」、「ジェネレーションX」は男性が主人公です。

といっても、女性だから、男性だからということもなく誰でも楽しめる本です。

日傘の女性

photo credit: Dakiny Women with A Parasol : 日傘の女性 via photopin (license)

この本の印象

感覚的な話で申し訳ないのですが、この本の印象は元ビートルズのジョージ・ハリスンのアルバム「慈愛の輝き」を聴いたときと似ていると思いました。

似ていると思ったのは、何気ない優しさというか、日常の中に幸せがあるということがテーマになっているという部分です。

『慈愛の輝き』の中に「Love Comes to Everyone」という曲があります。

実際にアルバムを聴いてもらうとわかるのですが、聴き終わったあと爽やかな風が吹き抜けたような印象を受けると思います。

歴史的大名盤というわけではなく、どちらかといえば隠れた傑作かもしれません。

この『風に舞いあがるビニールシート』も男女の異なる職業の人生を書き分けるという作家としてのすごさはありますが、技巧的で一部の人にしかわからないという作品ではありません。

音楽でも早弾きで、インプロヴィゼーションで、自分のテクニックを誇示するようなプレイを聴いたことがあるかもしれませんが、本作はそうではありません。

物語の魅力を引き立てるために適度な味付けに留めています。

この本の一連の作品はミステリーではないものの、短編らしい驚き、視点の転換などが含まれているので、すべてを話すとネタバレになってしまいます。

ちょっとした思い違い、自分と人との違い、登場人物たちの新たな決心など、小さなことですが、短い話の中で読み始めたときと、読み終わったときにまったく違う感覚を味わえるでしょう。

自分以外の人の人生を体験することなんて普通はできません。まさに小説、物語ならではの楽しみ、喜びだと思います。

この作品は、自分も含めて街ですれ違う人、それぞれに人生があり、ドラマがあると実感できる小説です。

私は電車で通勤しているとき、風景を見るのが好きなのですが、毎日通り過ぎる沿線の家、家族それぞれの人がどんな人生を歩んでいるのだろうと考えることがあります。

これは人生のドラマを知りたいという関心なのかもしれません。

この作品を読むことでたくさんの人生に触れることができるます。

誰もがかけがえのない存在であるということが読み終わったときに、ふと感じられるのではないかと思います。

この本の中で一番好きな話

この本に収録されている短編はどれもよくて一番好きな話を選ぶのが大変です。

私は「鐘の音」と「風に舞いあがるビニールシート」が好きですね。一番といいながら二つ選んでしまっていますが。

「鐘の音」は仏像の修復の仕事をしている主人公、潔が25年前の泊まり込みの仏像の修復を思い起こす話です。

映像が浮かんでくるような印象で、映画するのが良さそうなエピソード。水彩画のような画で撮るのが合いそうな内容です。

一途に仏像のことを考える潔がたどった人生の変遷を思うと、年輪や深さといった言葉が浮かびます。

「風に舞いあがるビニールシート」は国連職員の里佳と夫のエドにまつわる話です。

国連難民高等弁務官事務所なので、難民を救うために危険な地域で仕事をすることになります。里佳は東京事務所の職員なので、現場(フィールド)に出ることはありません。

しかし、夫のエドは専門職員として最前線を転々とする仕事をしています。

冒頭からある出来事が明かされます。

この話はある意味、救いに関する話なのかもしれません。

あとは「ジェネレーションX」もいいですね。

主人公の健一は製品ミスの謝罪のため、関係会社の石津と謝罪に向かいます。その車中を中心にした話。

これは伊坂幸太郎さんの家族もののような印象。

最後の最後できれいに本当のことがわかって、優しい気持ちになれるような作品です。

ハーモニカを吹く男性

photo credit: iacopiniiacopo Pittore al freddo – Piazza del Popolo – Fermo via photopin (license)

どんな人におすすめか

先ほども書いたようにどんな人でも面白い部分を見つけることができる本です。

一つひとつの短編は短いので、電車の中などで読むのにも適しています。

「鐘の音」で主人公の職業は仏像の修復師ですが、普段この職業の人と会ったことがあるという人は少ないはず。

表題作「風に舞いあがるビニールシート」の主人公、里佳の職業は国連(国連難民高等弁務官事務所UNHCR)の職員です。

里佳は東京事務所の職員ですが、夫のエドは東京事務所勤務を経て、難民を救うために紛争地域で仕事をしています。

登場するのは普通の人といってもいいと思います。でも同じ人生を歩んでいる人はいません。

自分ではない人の人生を体験できる、これがこの本の最大の魅力だと思います。

さかもとさんの書評

さかもとさんの書評はこちらです。

本作に出ている女性たちをさかもとさんがどんな風に捉えるのかすごく興味がありました。

あとがき

森絵都さんの筆致もあいまってこの本はとても読後感がいい本です。

何より読みやすいですし、登場人物たちもいろいろな人や職業が出てくるので、誰でもお気に入りの作品を見つけられると思います。

家族や友人、周りの人たちを大切にしたい、もっと話したいと思える作品でした。

どの作品もすごく詳しく調べて書かれているので、自分がその仕事を体験しているような感覚になります。

ぜひ、読んでみてください。

そして、この本の感想を周りの人と話すともっと楽しくなりますよ。

どうかこの美しさが、すばらしさが永久に続きますように。彼らがその下に敷いたビニールシートをしっかりと大地に留め、荒ぶる風に抗いつづけますようにー。

今回紹介した本