知るの次なり:論語の中の一節

本・読書に関すること

今回の記事では論語の中で偶然見つけて気に入った記事を紹介します。

論語の中で見つけた一節

今回は『論語』をパラパラとめくっていて見つけた一節を紹介します。

それは『論語』の述而篇にある、

子曰わく、蓋し知らずして之を作る者有らん。我は是れ無きなり。多く聞きて其の善き者を擇びて之に従ひ多くを見て之を識るす。知るの次なり。

という部分です。

「知らないまま自分で作ってしまう者もいるだろうが、私はそうではない。多くを聞いてその中から良いものを選びこれに従う。多くの書物やほかのものを見てこれを知る。知っているというものの次くらいだろう。」

孔子の姿勢はあくまで謙虚だな、と。

「蓋有」は疑いを持った仮定という意味です。

ぼく自身いろいろ好きなことを調べるのが好きなので、孔子の謙虚さを知るとともにとても勇気づけられた一節でした。

自分と孔子を比べることなどとてもできないですが、まずは多くのことを知ることから始めないと思います。

その中からいいものを覚えておき、自分なりの考え方を確立していくという順番かな、と。

まとめ

大学生のころに古本屋で『論語』を買ったことがありましたが、あまり読むこともなくパラパラと目を通したくらいで終わっていました。

それが今は時間があるときに見返して、気になること、気づいたことがあったらメモするようにしています。

人は時間が経てば変わるものですね。

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