この曲は誰が書いたのか:レノン・マッカートニーの場合

ビートルズの作曲 Credit 音楽

音楽を聴いていて誰が書いた曲か気になることはありませんか。

曲のクレジットは権利を示すものと同時に「誰の曲か」という表明でもありますね。

この曲は誰が書いた曲か

音楽を聴いていると「誰が書いた曲か」ということが気になることがあります。

ロックの場合だと基本的には自分自身やバンドでいうとメンバーが書いていることが多いです。

クレジットも書いた人がされている場合もあれば、誰か1人が書いても全員でアレンジをするのでバンドメンバー全員のクレジットになっている場合もあります。

そういった民主的な理由や個別にクレジットすると揉めるから曲のクレジットはバンド名義でギャラは均等分けというバンドもあります。

ローリング・ストーンズを脱退したミック・テイラーは曲への貢献度にかかわらずクレジットされないことがバンドを抜けた理由という説もあります。

ロック史上最高の作曲家コンビ

ロックでいちばん有名な作曲家といえばなんといっても「レノン・マッカートニー」でしょう。

ビートルズのジョン・レノンとポール・マッカートニーのコンビでのクレジットです。

ジョンとポールはお互いの家を行き来しながら曲を書き始め、今後発表する曲は貢献度に関係なく、どちらが一方が書いた曲でも「レノン・マッカートニー」とクレジットするという約束をしました。

その後ビートルズが大ヒットしスーパースターになってもこの約束は守られたわけです。

ジョン・レノンはソロとして発表した曲の「Give Peace a Chance」もレノン・マッカートニーのクレジットをしています。

ビートルズがデビューして以降でいうとレノン・マッカートニーの完全な共作というのはほとんどなくなり、ほとんどが単独で作曲して部分的にアドバイスしたりするくらいになります。

ジョージ・ハリスンの場合

ビートルズではレノン・マッカートニーが有名になりすぎて、ジョージ・ハリスンは結構悲しい目にあっています。

名曲「Something」はマイケル・ジャクソンからレノン・マッカートニーの作品だと思われていて、「あなたの曲だったんですか?」と目の前でいわれたとか。

ジョージの場合はアルバムに入れる曲も多くなく、後期までシングルになることもなかったので結構不満がたまっていたのかもしれません。

その結果としてソロとしての傑作「オール・シングス・マスト・パス」が生まれたのかもしれません。

まとめ

今回はビートルズのことをたくさん書きましたが、バンドごとに誰が作曲しどうクレジットされているかは千差万別で面白いです。

そのバンドごとに音楽制作や音楽性にもかかわることなので調べがいがありましね。