【後漢書】「天知神知我知子知」という考え方もある。

尾道 考えたこと

最近古典を意識して読むようにしていますが、その過程で昔読んだエピソードを思い出しました。

後漢書に残るエピソード

最近ぼちぼちと古い歴史書、中国史の本や哲学の本を読んでいます。

いきなり難しい原文を読むとあきらめて読まなくなってしまうので、簡単な入門書から。

その過程で昔出会ったある言葉を思い出しました。

それは「天知神知我知子知」というもの。

中国の後漢時代のことを書いた『後漢書』に出てきます。

楊震という人物に盗んだお金でワイロを贈ろうとした人が「誰も知らないから」と言ったところ、「天も知っている、紙も知っている、私も知っている、あなたも知っている。どうして誰も知らないと言えるのか。」という部分から来ています。

原文はこちら。

至夜懷金十斤以遺震。震曰:「故人知君,君不知故人,何也?」密曰:「暮夜無知者。」震曰:「天知,神知,我知,子知。何謂無知!」密愧而出。

引用:後漢書/卷54 – 维基文库,自由的图书馆

「天網恢恢疎にして漏らさず」と似ているけれど、高潔な人柄が伝わってくる話です。

ぼくはついつい物事を「なあなあ」で何かをしてしまうことがあるんですが、こういう話を知っておくだけで感じ方が違ってきます。

歴史のディテールは残りにくい

後漢書のこのエピソードは記録され現在にまでの残っています。

ただ、洋の東西を問わず歴史の当時では広く知られていた本、思想でも戦乱や災害などで現代まで残っているものはかなり少ないのです。

政治とか歴史に関する部分はまだ材料がなくはないのですが、こういうエピソードは書物が残らないと現代に生きるぼくたちは読むことができないのでとても貴重なものだと思います。

まとめ

歴史の面白さのひとつはディテールの部分にあると考えているのですが、そのディテールこそ後世に残りにくいものです。

こういう話を歴史書で見つけたときはノートに書いておくに限りますね。

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