毎月お送りしているコラボ書評。今回も小説を取り上げます。期待の作家さんの新作。とにかく読むのが面白かったです。
今回取り上げる本と経緯
この記事は、ブログ「坂本、脱藩中」のさかもとみきさんと同じ本を読み合って感想を書くコラボ書評です。
今回取り上げるのは飛鳥井千砂さんの『そのバケツでは水がくめない』です。
飛鳥井千砂さんってどんな人?
飛鳥井千砂さんは1979年愛知県出身、神奈川県在住。
2006年に『はるがいったら』で作家デビューされている。
飛鳥井さんを知ったのは『タイニー・タイニー・ハッピー』という作品が最初だ。
この作品はショッピングモールのタイニー・タイニー・ハッピーを舞台にした群像劇で、そこで働く人の恋愛模様を描いた。
この作品で飛鳥井さんを知り、上記の『はるがいったら』や『アシンメトリー』を読んですごく好きな作家さんになっていった。
書店に立ち寄ったところ飛鳥井さんの新作が出ていることを知り、ちょうどコラボ書評の本を選ぶタイミングだったこともあり『そのバケツでは水がくめない』に決めた。
Buckets of rain
この作品を今回のコラボ書評に選んで思い浮かんだのはボブ・ディランの「Buckets of rain」という曲。
1975年のアルバム「血の轍」に収録されている。
Buckets of rain
Buckets of tears
Got all them buckets comin’ out of my ears
Buckets of moonbeams in my hand
I got all the love, honey baby
You can stand
このアルバムはディランのディスコグラフィーの中でも深い悲しみを描いていることでも有名。70年代の最高傑作にあげる向きもあるが、ディラン本人は賛同していない模様。
読んだ人にはわかるけど、『そのバケツでは水がくめない』とはちょっと方向性が違うかもしれません。
でもブランドだったり、雨がキーになっていたりして、あるセリフがこの曲を思い出させる結果となって、私はこの曲がときどき頭の中で流れながら本を読み進めました。
あらすじ
アパレルメーカー「ビータイド」に勤める佐和理世(さわりよ)は、自らが提案した企画が採用され、新ブランド「スウ・サ・フォン」の立ち上げメンバーに選ばれた。そんなある日、カフェに展示されていたバッグのデザインに衝撃を受けた理世は、その作者・小鳥遊美名(たかなしみな)をメインデザイナーにスカウトする。色白で華奢(きゃしゃ)、独特の雰囲気を纏(まと)う美名の魅力とその才能に激しく惹(ひ)かれる理世。社内でのセクハラ事件をきっかけに二人の距離は一気に縮まるが、やがてその親密さは過剰になっていく……。 その時は、穴が空いていることに気がつかなかったのです――
この物語の主人公は佐和理世。アパレルブランド、ビータイドに勤めている。
ビータイドが新ブランドを立ち上げることになり、理世がビータイドの新ブランドのMDに抜擢される。
MDとはマーチャンダイザーの略で商品の開発や販売、予算管理にも携わるトータルプロデューサーといった役割だ。
ブランドの名前はスウ・サ・フォン。コンセプトはヨーロッパ風のレトロガーリーというものだ。
理世はある日偶然入ったカフェで販売されていたバッグに目を奪われる。
そのバッグをデザインしたのは美名(コトリ、kotori)だ。
デザインに惚れ込んだ理世は美名を新ブランドのメインデザイナーに起用する。
この2人の関係が物語の主軸となる。
感想
序盤は普通のお仕事小説かのように見えなくもない。
ファッション業界という華やかな業界で自らが考えたコンセプトのブランドMDに抜擢された理世とメインデザイナーの美名を中心に物語が展開される。
ビータイド内のセクハラ事件をきっかけに2人の仲は急接近する。
ブランドは好評を持って迎えられスウ・サ・フォンとメインデザイナーの美名にも大きな注目が集っていく。
2人は仕事だけの関係ではなくプライベートも含めて関係を深め、毎日長文メールをやりとりするようになる。
しかしその関係性はある出来事をきっかけに少しずつ様子が変わってくる。理世と美名の関係に変化があらわれるのだ。
それと同時に物語の展開も予想とは違う方向に流れていく。
この本を読んでいて中盤くらいまではゆっくりと味わうように楽しんでいた。
しかし、その出来事をきっかけに物語の形態自体がまったく別のものになっていくのだ。
この辺りからある種ミステリーのような印象さえ持ち始める。
人は誰もが多面的な人格を持っているといえる。
その展開についてはネタバレになってしまうので自身で読んで確かめてほしい。

photo credit: christophe surman Il-pleut-sur-la-lande-N&B-3000 via photopin (license)
なんだか書評を書いていて、バケツとは美名のことではないかな?と思ってきだした。
飛鳥井千砂さんの印象について
ここで私の飛鳥井千砂さんについての印象を少しだけ書こう。
初めて飛鳥井さんの作品を読んだのは『タイニー・タイニー・ハッピー』で、次に『はるがいったら』だっただろうか。
いくえみ綾さんの装画が印象的だ。
誰もが経験していること、いつか経験するかもしれないことを言語化することがうまい作家さんだと思った。
ヒリヒリするようなずっと忘れられないような感情を表現されていたのだ。
私は前回のコラボ書評でも紹介した作家、伊坂幸太郎さんが大好きだがいい意味でまったく違う作風といえる。
伊坂さんは初期のころは伏線を張り巡らし、回収していくスタイルでそこにおしゃれな会話が重なっていうというものだ。
飛鳥井さんはどうだろう。
感情の機微が描かれているものの、いわゆるトリッキーな作風ではない。ミステリーではないので当然だが、ミステリー以上に鮮烈な印象を与える。
こんな言い方は変かもしれないが、やっぱり男女の作家というのはどことなく雰囲気が違っていて物事のとらえ方が違っていて面白い。
テーマだったり、切り口だったり、物語の細部だったり。
どちらの作家が優れているかではなく、たしかに違いはあると感じる。
あとがき
帯に新境地と書いてるが、飛鳥井さんにとって本当にそうかもしれない。
私が読んだ範囲の作品では人間の感情の黒さみたいな部分をテーマにしたものはなかった。
この本を読んだ人は、読み終わったあと確実に心になにか新しい感情が残っているはずである。
350ページを超える割と長めの作品ではあるが、物語に引き込む力が強くあっという間に読み終わることができるはずだ。
飛鳥井千砂さんの次回作はどんな作品になるだろうか。今から楽しみだ。
おすすめです!
さかもとさんの書評
さかもとさんの書評はこちら。
友達を大っ嫌いになる瞬間は?女vs女のトラウマ再燃「そのバケツでは水がくめない」飛鳥井千砂
今回は女性作家の作品だけにさかもとさんの見方すごく面白かったです!ぜひ読んでみてください。